だいぶ時間が経ってしまいましたが、分子生物学者イェルネヤ・トムシッチさんのインタビューの続編です。
その 1 もぜひご覧ください。
[字幕動画] イェルネヤ・トムシッチ (その 1): 科学者の現実、方向性が間違った癌研究、認知的不協和を乗り越えて
(最初投稿していた動画は、最後 25 秒ほど途切れてしまっていたようでした。すみません。切れていないものを出し直しましたので、よろしかったらご視聴ください。)
今回は PCR について説明してくれています。私は PCR についてはそこまで深く調べてはいなくて、単に遺伝子配列を増幅するもので、その機能は正確ですばらしいもの、という認識でした。[字幕動画] マーク・ベイリー、スティーブ・ファルコナー: ウイルス学にさようなら – パート 2 の記事にも書きましたが、PCR の技術はかなり複雑で、素人が理解するためにはかなり時間を要するように感じます。ここでは、私が少し調べた範囲で、私なりに理解した (と思うこと) を書きますが、もしかしたら間違っている部分もあるかもしれません。あらかじめお詫びしておきます。
コロナ検査に PCR を使う場合、動画でチラッと言っていたように、実際に PCR をやるところまでたどり着くまでに行う必要のある処理があります。コロナ検査ではまず人の鼻の奥から試料を採取するわけですが、ご存知のようにこれにはさまざまなものが含まれています。コロナウイルスは RNA ウイルスということになっているので、採取した試料から RNA だけを抽出するためにウイルス RNA 精製 (抽出) キットなるものを使っているようですが、イェルネヤさんが言っていたように RNA であればすべてが含まれるものと思われます。ここでは、DNA やタンパク質などを取り除くのが目的。この段階からすでにいろいろと注意しなければならないことがあるようです。そもそも RNA は不安定なので手早くやらなければならないとか、それ以外にもリボヌクレアーゼという RNA 分解酵素が入り込まないようにする必要があるとのこと。この酵素はいたるところ存在するもので、人間の皮膚や空気中の埃に付着する微生物などから混入する可能性があるそうです。この文書によると、「作業者の習熟度が結果に影響を及ぼす可能性が高い」そうで、作業者の習熟度が低いと、回収される RNA の量が少なくなり、PCR をやったときに 5 サイクルぐらい差が出てしまうこともあるとか。ただし、「検体直接 PCR 法」という方法もあって、「逆転写や PCR 反応を阻害する物質を中和し、不活化する技術が採用されている」ので、この方法を使う場合は最初に RNA を抽出する必要はないそうです。ただし、余計なものが混じっているので、擬陽性になったり偽陰性になったりする確率も高くなるらしいです。
その後逆転写を行って相補 DNA (cDNA) を生成するわけですが、これには逆転写酵素とプライマー使います。RNA にプライマーをくっつけて、そこから酵素が RNA に相補する DNA を作っていく。この記事がおもしろかったのですが、ここでのプライマーには特異性は必要ないそうです (国立感染研究所のプロトコルでは複数のプライマーを使っています)。ここでは、とにかく試料に含まれている RNA (ウイルスのものかどうかにかかわらず) の cDNA を作れば良いということなのでしょう。ただし、イェルネヤさんが言っていたように、元の RNA を正しく相補したものでない cDNA が作られてしまうことがあります。この論文では、そのようなことが起こる複数の原因を説明していて、研究者に注意を喚起しています (逆転写の技術は、RNA の配列決定やクローニングなどにも使われます)。
それからやっと PCR です。実際には、同じ試験管内で逆転写をやった後にすぐに PCR をやるようですね。PCR には普通の PCR とリアルタイム PCR があり、普通の PCR では DNA の検出に電気泳動法が使われ、リアルタイム PCR は蛍光を発生させるためにプローブを入れて、伸長する時に発せられる蛍光を計測することによって PCR をやりながら (リアルタイムで) DNA を検出できる。逆転写は英語で Reverse Transcription なので RT と略され、リアルタイム (Real Time) も RT と略されるので、リアルタイム逆転写 PCR は RT RT-PCR なんですよ! 私は RT が 2 つあることを以前はわかっていなくて、完全に混同していました。これも人々を混乱させるための手なのか! と思ってしまいます。リアルタイム PCR のほうは定量的 PCR (Quantitative PCR: qPCR) とも呼ばれているようですが。とにかく、ここでもイェルネヤさんが言っていたように変異が起こることがあって、元の cDNA とは違うものができて、それが増幅されるということもあるわけです。以前にトム・コーワン医師が PCR で元々なかった配列が作られるという話をしていましたが、こういうことなんでしょう。逆転写も PCR も酵素の反応に頼っています。生物学的な反応なので、人間の思いどおり、理論どおりにはいかないのでしょう。“エラー” が起こって…というような説明をされますが、本当にエラーなのかなと私は疑問に思ってしまいます。自然界で起こることには “間違い” があるわけではなくて、人間の理解が足りないだけなのではないかと私は思っているので。もしかしたらこういう “エラー” も酵素が意図的に何か意味があってやっていることなのかもしれません。試験管という自然とはかけ離れた環境で人間が無理やりやらせていることですし…。いずれにしても、このような “エラー” が起きたかどうかを確認する方法はあるのでしょうか。そもそも、どんな RNA が入っているかわからない試料から始めるわけですから、わかりようがないと私は思うのですが…。それに、測定しているのは発せられる蛍光の量という間接的なもので、蛍光を検出したからといって、それが必ずしも目的の配列が生成されたからだとは限らない。DNA が入っていなくても検出されることがあるというのはすごいことですね。内部標準を実際にどのように使うかについてはこの動画からでは私には理解できませんでしたし、調べてもいないのですが、それがなければ確実なことは言えないのは当然でしょう。国立感染研究所のプロトコルには「1 例目は念のため 2019-nCoV 配列を確認する」と書いてあるのですが、研究所ごとに 1 回やればいいということなのでしょうか。どの程度行われていたかはわかりようがありませんが、ほとんどの検査ではいちいちそんな確認は行っていないでしょう。
これだけさまざまな手順を要する、細心の注意を払って行う必要のある検査が、あれだけ大規模に行われていたというのには改めて驚きです。
動画の最後の方で取り上げていた PCR 検査を使ったせいで百日咳の流行騒ぎになったという話は、2006 年にニューハンプシャー州の起こったものです (この記事を字幕大王さんが翻訳してくださってますのでそちらもご覧ください)。ある医療センターの職員が何日も咳が止まらず、さらに続いて何人かも同じような症状になったため、百日咳の流行かもしれないと職員を PCR 検査したところ、多くの人が陽性と判定されたため、職員を休ませ、ワクチンを打たせ、というような処置をとるという大騒ぎになったのですが、実は百日咳ではなかったという話。百日咳はボルデテラ・パータシス (百日咳菌) という細菌が原因であると言われていますが (本当はそうではないのですが)、試料を研究所に送って培養してもらったところ、この細菌が検出されなかったということで疑似流行であったことが判明しました。もちろん、この細菌は存在するものですから、ウイルスとは違ってきちんと配列決定できるものなので、PCR でも実在する配列の一部を検出していたと思います。百日咳と確定するには百日咳菌を培養するのが確実な方法ですが、数週間がかかってしまうというという問題があるために、迅速に判定しようとして PCR が使われたようです。ちなみに、PCR が病気の診断に使われるようになったのは 1997 年頃のようです。この記事では、100 種類ほどの PCR プロトコルや方法があり、研究所によってやり方が違うことや、精度がわかっていないことなどの問題も指摘されています。そもそも百日咳の原因が百日咳菌であるということからして間違っていますが、PCR が診断に使用されるようになる前は、百日咳と疑われる症状を持つ人から試料を採取して、菌が培養されてはじめて症例となっていました。ニューハンプシャーの事例では、スクリーニングの目的で職員全員に PCR 検査を実施し、症状がないのに “陽性” となった人もいたわけです。そして、CDC のこの記事にも書かれていますが、このような事例は 2004 年から 2006 年の間に百日咳だけで 3 件起きています。今ではいろんな病気の診断に PCR が使われるようですが、当時の懸念はどこに行ってしまったのでしょうか?
PCR を検査に使うことで、疑似流行が発生する可能性があることは二十年近く前にすでにわかっていたのです。病原体説自体が間違っていることを横に置いておいてもです。でも、今後も必ず PCR 検査を使って “パンデミック” を起こしてくるのは間違いありません (すでにサル痘や鳥インフルエンザが話題になりました)。ですから、精巧そうな難しそうな検査手法だからといって惑わされないように、PCR は病気の診断に使うべきものではないということをしっかり理解しておく必要があると思います。
今回の動画は、もしかしたらあまりおもしろくなかったかもしれません。このインタビューはこの後配列決定の話に入っていくので、区切りのいいところで切ろうしたためにこうなってしまいました。でも、私には実際に PCR を頻繁に使っていた科学者からの話はおもしろかったですし、何より研究所で働く彼女が、科学者の立場から今の科学の問題を真摯に指摘し、これまでの自分の間違いも正直に認めてこのように話していることをすばらしいと感じます。そういう彼女の姿勢からも、何かを学んでいただけたら嬉しいです。