ウイルスの存在や Germ Theory (病原体説) について調べていると、ルイ・パスツールとアントワーヌ・べシャンの話がよく出てきます。それで、一度パスツールとべシャンについて取り上げて見たいと思い、動画を探していたところに巡り合ったのがこの動画です。ただ残念ながら、誰が作った動画なのかはわかりません。Odysee に上げていた人は、動画制作者ではないように思います。この人がほかにも動画を作っていたら見てみたいところですが、それがかなわないのが残念です。
実はこの動画の字幕付けはしばらく前にほぼ終わっていたのですが、聞き取れないところがあったりして保留にしていました。そして他にいろいろ訳したいものもあり、これは出さなくてもいいかな、と思ったりもしていました。でも最近、たまたまこの動画の短縮版が出ているのを見て、やっぱり良い動画だと思い、出したいと思いました。
まず、Germ Theory という言葉の訳について触れたいと思います。私は以前、この用語を「細菌理論」と訳していたのですが、先月 Moon の日本語さんが書いた記事を読んで、自分の訳が安易だったと反省しました。それで、前回の動画『ウイルス学にさようなら』から訳を「病原体説」としています。Moon の日本語さんの説明を補足すると、germ はフランス語の germe またはラテン語の germen から来ていて、芽、種、胚など、新たに生まれてくるものを意味する言葉です。英語の germination (発芽) などはそこから派生した言葉です。その germ が、a seed of a disease (病気の種) という意味で最初に使われたのが 1796 年のことだったらしいです。それが 19 世紀になって「危険な微生物」を表す言葉として使われるようになったとのこと。英語でも、Germ Theory の登場によって、germ の意味が捻じ曲げられてしまったわけです。詳しいことは、Moon の日本語さんが書いた記事をぜひ読んでみてください。この記事ではあえて、Germ Theory と英語のままにしています。
パスツールは「微生物学の父」とも呼ばれ、世界中に名を馳せていますから、みなさん名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう。フランスには彼の名をとった研究所 (Institute Pasteur) もあります。動画でも言っていたように、パスツールは Germ Theory を提唱したことで称賛され、さらに狂犬病やコレラのワクチンを開発したことでも知られ、病気の予防に大きく貢献したということになっています。ちなみに、牛乳などに熱を加えて殺菌消毒することを英語で pasteurization と言いますが、これはパスツールの名前から来ています。
一方、アントワーヌ・べシャンについては、私もウイルスについて調べ始めるまで知りませんでした。ウィキペディアの記事の長さを比べて欲しいのですが、パスツールの記事 (日本語、英語) が特に英語は長いのに対し、べシャンの記事 (日本語、英語) のページは短いことからも、現代における 2 人の「公式の」評価の違いがわかります。でも実際には、パスツールは盗用者だっただけでなく、科学者としては二流であったようです。
パスツールが実際にどんな科学者であったかや、べシャンがどのような研究をしていたかについては、1923 年の Ethel Douglas Hume 著『Béchamp or Pasteur?: A Lost Chapter in the History of Biology』 (ベシャンかパスツールか? 生物学の歴史の失われた一幕) と、1942 年の R.B. Pearson 著『Pasteur: Plagiarist, Impostor – The Germ Theory Exploded』 (パスツール: 盗用者、詐欺師 – 病原体説の打破) に詳しく書かれています。これら 2 冊は、パスツールのことをかなり手厳しく批難しています。
たとえば、パスツールが「Germ Theory」を生み出したかのように言われますが、病気が何か微細なものによって人から人に伝染するという理論を最初に文献として記述したのはジローラモ・フラカストロというイタリアの科学者で、1546 年のことでした。さらに、17 世紀になって顕微鏡でバクテリアを見ることができるようになった後、1762 年に M. A. Plenciz というスロベニアの医師が、彼が animalcula minima と呼んだ微生物が病気を引き起こしていると本に書いていたようです。Germ Theory 自体が間違いなので、それを最初に提唱したのがパスツールであろうとなかろうと関係ないですが、パスツールが微生物を殺すことによって病気防げるということを「証明」したということになっていて、この理論を広めて科学会で確固なものにしてしまったという意味では、パスツールの「貢献」 (引き起こした被害) は甚大なるものがあります。病気の伝染については、かの有名な看護婦フローレンス・ナイチンゲールがすでに 1860 年に反論を書いていたそうです。おもしろいのが、英語のウィキペディアにそのことが触れられているのですが、ナイチンゲールは病気の伝染を否定していたと考えられているが、それは Germ Theory の前にあった「contagionism」 (ある種の病気は特定の条件によってのみ伝染するという考え方) を批判していただけで、微生物を殺すことは推奨していた、とナイチンゲールを「養護する」ようなことが書いてあります。でも、ナイチンゲールが書いていた文章を読むと、病気を犬や猫のような個別に存在する「実体」のように捉えるのは間違っている、病気は「汚い」や「きれい」のような状態であって、私たちがコントロールできるものだ、と言っていたようです。現場で患者を長年看護してきたナイチンゲールは、病気の本質を理解していたようです。
話はそれましたが、パスツールとべシャンの話に戻すと、先ほど紹介した 2 冊の本に、パスツールがべシャンの研究を盗用したことについても詳しく書かれています。大まかには動画で説明されているとおりで、べシャンは 1854 年に「Beacon Experiment」と呼ばれる一連の実験を行って、砂糖水にカビが発生するのは空気中の微生物が原因だということを示し、その論文を 1855 年に発表しました。その後もさらに実験を続けて、カビは微生物が摂取、吸収、同化、排せつの過程を行った結果であることを 1857 年の論文で発表しています。そのころパスツールはカビは自然発生すると言っており、べシャンの論文にもいちゃもんをつけていたようです。本ではパスツールにはべシャンの言っていることを理解する能力すらなかった、と批判しています。ところが 1859 年になって、パスツールはべシャンがやったのと同じような実験をやりだし、つまりべシャンの研究を盗用して、注目を集めました。そしてそこから、空気中に微生物がいるんだから、それが病気を起こすんだと言い出したわけです。
パスツールが実際にどんな人物だったかについては、1995 年 (パスツールの没後 100 年) に出版された Gerald Geison 著の『The Private Science of Louis Pasteur』 (ルイ・パスツールの私的な科学) を読んでみたいところです。この本は、パスツールが残した 140 冊を超える実験ノートに基づいて書かれているらしく、公的に知られていた英雄パスツールとは違う、私的な部分、闇の部分が描かれているそうです。これらの実験ノートは、パスツールが家族に公開するなと言い残していたそうで、1964 年にパスツールの孫がフランス国立図書館に寄付するまでは、家族以外は誰も見ることができなかったようです。パスツールは、見られて本当のことが知られたらやばいと思っていたんでしょうか。いずれにしろ、パスツールは人々が思っているような英雄ではなかったわけです。
べシャンが発見したというマイクロザイマスは、ものすごく興味深いです。これについてはまだ調べが足りないので今回は書くのを控えておきますが、この発見は本来なら生物学や医学のあり方を根本から変えてしまうはずのものだったと思います。動画に出てきたガストン・ネサンについてもちょっと調べてみましたが、彼の研究も非常に興味深い。ネサンがソマチッドを発見して調べ始めたときには、べシャンのマイクロザイマスの研究については知らなかったようですが、まったく別の研究者が別の時代に同じものを発見していたというのもおもしろいですね。ネサンのソマチッドの研究は、DNA というものの理解も根本から覆してしまうようなものではないかと、ちょっと読んだだけで思いました。これらの存在について研究が行われず、存在していないウイルスの研究に人もお金も注ぎ込まれているなんて、世の中本当に狂っています。
ネサンについてもう少し書くと、彼は人の血液を自分が開発したソマトスコープで観察し、血液中のソマチッドの状態からその人の体の状態を診断して、それに基づいて治療を行っていたようです。自分で治療薬も開発して患者に投与していたのですが、そのために薬事法違反で摘発されたり、それを使った患者が亡くなったということで起訴されたりしました (無罪となったそうですが)。でも、ネサンはこれで数多くの癌患者や AIDS の患者を救ったとのことです。
べシャンやネサンの研究が注目されず、パスツールのような権力者に取り入ることがうまかった人が持ち上げられ、ニセの科学がはびこっているのは本当に納得がいきません。私のような素人が少し読んだだけでもワクワクするようなすごい研究なのですから、もっと彼らの研究を進めてみたいという科学者がたくさんいてもよさそうなものなのに…。意図的に闇に葬られているとしか思えません。